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日常を豊かにする「デザインと建築」  ヘルシンキ市が目指すまちづくり

 ヘルシンキ市が10月13日、東京・港区のANAインターコンチネンタルホテル東京で「デザイン&建築 プレスカンファレンス」を開き、同市が進める主要な建築・都市空間の最新動向について発表した。

フィンランド国立博物館 © Tuomas Uusheimo

 会場にはダニエル・サゾノフ市長をはじめ、アルバ・アアルト財団のミュージアム・ディレクター、ユッカ・サボライネンさん、フィンランド国立博物館の来館者体験責任者であるリーサ・ロッタンデルさん、新・建築デザイン博物館館長のピルビ・カルハマさん、そしてJKMMアーキテクツ共同創設者のサムリ・ミエッティネンさんといった、フィンランドの建築・デザイン界をけん引する代表者たちが登壇。

 同市が掲げる人間中心のデザイン思想から、ユネスコ世界文化遺産に登録された「アルバ・アアルト建築群」、2027年4月に再オープン予定の「フィンランド国立博物館」の大規模リニューアル、さらには建築事務所「JKMMアーキテクツ」が設計を手がける「新・建築デザイン博物館」の開発まで、注目の都市デザイン政策を明かした。

一人一人の生き方を支える「デザイン・建築の都市」

ダニエル・サゾノフ市長

ダニエル・サゾノフ市長

 最初に登壇したサゾノフ市長は「東京という、デザインや建築、そしてクラフトマンシップがただ鑑賞されるだけでなく、人々の日常に深く根ざしている素晴らしい都市を訪問できたことをうれしく思う。日本とフィンランドには、品質や機能性、丁寧に作られたものの美しさを評価する共通の文化があり、それこそが、ヘルシンキが『デザインと建築の都市』として自ら発信する上で、東京が非常に意味のある場所である理由の一つ」とあいさつし、建築・デザインを通じて市が目指す都市構想を語った。

建築は市民の暮らしに根ざす「街が機能する仕組みそのもの」

 市長は「私たちにとってデザインとは、単に見た目を装飾するためのものではない」と前置きした上で、公共サービスや学校、図書館、都市計画の現場にデザインを取り入れ、市民の住みやすさとウェルビーイングの向上を図っていると説明。サゾノフ市長は「デザインとは単なる象徴的な建築や有名ブランドにとどまらず、私たちの街が機能する仕組みそのもの」と強調する。

 同市では、建造物を静的なものとしてではなく、市民の喜びやアイデンティティー、日々の暮らし、そして地域コミュニティーへの参加を育むサービスの一つとして捉えている。受け継いできた「遺産」を尊重しながら、次の時代を築く「継続性」を大切にしているのが特徴だという。

東京都と新たな協定締結 人にやさしい都市への展望

フィンランディア・ホール © Tuomas Uusheimo/Helsinki Partners

 市長はデザイン理念を示すとともに、2026年7月に「アルバ・アアルト建築群(国内7都市・13カ所)」がユネスコ世界文化遺産に登録されたことを報告。2031年の開館を目指して旧港湾地区に「新・建築デザイン博物館」を開発中であることや、都市の美観と住みやすさを体系的に高める新たな取り組み「ビューティフル・ヘルシンキ」プログラムの準備を進めていることにも触れた。

 さらに同日午前には、東京都の小池百合子知事と新たな都市間連携協定に署名したことを明かした。持続可能性やイノベーション、居住性、人にやさしい都市づくりにおいて相互学習を深めていく方針だという。

 サゾノフ市長は「ヘルシンキにとって、デザインとは究極的に人々のためのもの。優れた建築とデザインは、人々の日常を少しだけ快適に、美しく、そして温かく迎えてくれるものにしてくれる。ぜひヘルシンキにお越しください」と笑顔で締めくくった。

「アアルト建築群」が世界遺産に登録 受け継がれる「アアルトの哲学」

ユッカ・サボライネンさん

 市長のあいさつに続き、フィンランドデザインを代表する建築家アルバ・アアルト財団のユッカ・サボライネン館長が登壇。2026年7月にユネスコ世界文化遺産に登録された、フィンランド国内7都市に点在する13カ所の「アアルト建築群」について触れ、人間中心で自然と調和するその設計原則が「顕著な普遍的価値」を持つものとして客観的に認められたと報告した。

 今回登録された建築群には、ヘルシンキの中心部に位置し都市のランドマーク「フィンランディア・ホール」(2025年1月にリニューアルオープン)をはじめ、モダニズム建築の金字塔とされる「パイミオのサナトリウム」や「マイレア邸」など、世界的に知られる代表作が含まれている。

文化の家 © Tuomas Uusheimo/Helsinki Partners

世界140都市以上で展開される、アアルト作品の展示活動

 同財団では、10万点を超える建築図面や1万5000点のデザインスケッチ、2000点以上のプロダクト、6万点を超える写真資料を一括管理。アアルトの手がけた建築が存在する11カ国・300棟超の作品を対象に、これまで世界140都市以上で展示活動を行ってきた。

アアルト自邸 © Tuomas Uusheimo/Helsinki Partners

未来へ継承されるアアルトの精神

 これほどの広がりを持つ背景にあるのが、20世紀を代表する建築家、アルバ・アアルトが大切にした「自然となじみ、人に寄り添う」デザイン精神だ。この考え方は、環境への配慮や住みやすさが求められる現代の都市づくりにおいても、特に重要な思想として受け継がれている。同財団は、アアルトの歴史ある建築を単なる過去の記念碑として保存するにとどめず、現代の暮らしや観光、そしてビジネスの現場で生かす「生きた財産」として未来へ引き継いでいく方針だ。

アアルトのスタジオ © Kuvatoimisto Kuvio Oy

 サボライネン館長は「人を中心に据えてこそ、真の建築は生まれる」というアアルトの言葉を引用。「私たちの役目は、人に寄り添うデザイン精神を今の都市の議論において生かし、市民の幸せにつなげること。アアルトの遺産を訪れていただくことで、フィンランド社会のあり方や国の成り立ちについて深い理解を得ていただき、両国間の文化的な関係のみならず、ビジネス面での関係性もさらに強化されることを期待している」と語った。

変貌するヘルシンキ——注目の二大ミュージアムプロジェクト

 ヘルシンキ市では現在、市内の文化施設の魅力を高め、より多くの市民や観光客、企業が集う場を創出する大規模な建築プロジェクトが進められている。

地下に広がる約90%の空間 新館が登場する「フィンランド国立博物館」

フィンランド国立博物館 © JKMM Arkkitehdit

 その一つが、2027年4月にリニューアルオープンを予定している「フィンランド国立博物館」だ。同館の刷新にあたり、JKMMアーキテクツが設計した新館(アネックス)は、6000平方メートルを超える空間の約90%をあえて地下に配置。屋根の裏側(天井)は5000枚以上のセラミックタイルで覆われており、ハート、クローバー、十字架の幾何学模様を描く。地上は都市の中に誰もが憩えるオープンな広場にした。

リーサ・ロッタンデルさん

 同館の来館者体験責任者であるリーサ・ロッタンデルさんは、今回のリニューアルについて、「完成するのは、単に古い博物館に新しい棟を継ぎ足したものではない。1世紀の時を隔てて生み出された2つの独立した芸術的遺産が共存し、互いを引き立て合う新たな調和となる」と話す。

多様化する時代に「フィンランドらしさ」を問い直す体験

フィンランド国立博物館の新館 © JKMM Arkkitehdit

 19世紀末に同館が創設された当時、フィンランドは独立国ではなくロシア帝国の統治下にあった。当時の建築やコレクションは、フィンランドという国家のアイデンティティーを形作る役割を果たしていたという。

 ロッタンデルさんは「多様化し、世界とつながりを深める現代において、『フィンランドらしさ(Finnishness)』とは何かという問いは固定されたものではない。当館では、過去にその個性がどのように築かれ、そして今日どのように進化し続けているのかを、展示や最新技術、さらには食文化を通じて問い直す体験を提供していきたい」と説明する。

 新館にはイベントスペースのほか、カフェ・ショップを充実させ、企業イベントなどへも貸し出すことで、年間来館者数を従来の約25万人から45万〜50万人へと倍増させる目標を掲げている。

2031年に港湾エリアに誕生する「新・建築デザイン博物館」

ピルビ・カルハマさん

 もう一つの大型プロジェクトが、2031年春にサウスハーバー地区のウオーターフロントに誕生する「新・建築デザイン博物館」だ。これは、市内にある同博物館を港エリアへと移転・新築する、過去数十年間でフィンランド最大級の文化投資プロジェクトとなる。

 約100万点もの収蔵品を誇る同館は、単に展示を鑑賞するだけでなく、環境問題や社会のあり方を共に考え語り合える「市民の大きなリビングルーム」を目指す。

2031年の開館へ向け、2027年3月に先行リニューアル

Café Nolita © Nikola Tomevski

 ピルビ・カルハマ館長が「2031年までただ待つわけにはいかない」と語るように、新館の完成に先立ち、2027年3月27日に現在の建築・デザイン博物館(デザイン地区)を先行リニューアルする(1月7日から一時閉館)。1階には「Café Nolita(カフェ・ノリータ)」のオープンに加え、大きなデザインショップや新しいブックギャラリーを展開し、新しい展示やサービスを試す実験の場として稼働させていく方針だ。

 カルハマ館長は「日本とフィンランドは、思慮深いデザインや素材を慈しむ感性で結びついている。この共通の価値観こそが、未来の協力を育む豊かな土壌になるだろう。当館には、既に日本の機関・施設と非常に深く長い協力関係の歴史がある。私たちは全国を巡回中の展示(東京都庭園美術館でのマリメッコ展、カイ・フランク展)にも携わっており、新館の建設に伴い国際的な協力関係をさらに深めたい。ぜひヘルシンキのデザイン地区を歩き、まずは先行オープンする現在の博物館へ、そして2031年には新しいミュージアムへと、2度足を運んでみてください」と呼びかけた。

建築は壁をつくるのではない、どんな場所を作るのかである

 ヘルシンキの都市計画で重視されているのは、単に立派な箱(建物)を創出することではない。その場所で「人々がどう心地よく過ごせるか」という居場所づくりだ。

サムリ・ミエッティネンさん

 このデザイン理論を体現するのが、アモス・レックス美術館をはじめ、フィンランド国立博物館の新館や、新・建築デザイン博物館の設計を手がけるJKMMアーキテクツだ。共同創業者のサムリ・ミエッティネンさんは、都市における建築の役割を「人間の感情や関係性を育む基盤」として捉えていると語った。

人々の間に優しさを生み出す場でありたい

アモス・レックス美術館 © Aleksi Poutanen/Helsinki Partners

 市内中心地にあるアモス・レックス美術館は、1930年代の歴史的建造物と地下展示空間で構成。自然光を取り込む彫刻的で起伏のある屋根ドームによって、古い広場を活気ある都市公園へと生まれ変わった。周辺にはフィンランド国立博物館をはじめ、フィンランディア・ホール(アルバ・アアルト設計)、ヘルシンキ・ミュージックセンター(LPRアーキテクツ設計)、中央図書館「オーディ」(ALAアーキテクツ設計)、キアズマ現代美術館(スティーブン・ホール設計)、ヘルシンキ中央駅(エリエル・サーリネン設計)などのランドマークを徒歩圏内に凝縮し、歩いて巡れる文化を形成している。

 ミエッティネンさんは、分断や不安が広がる現代社会における建築が果たすべき役割について「私たちが目指しているのは、誰もが即座に理解でき、同時にさまざまな解釈を可能にする建築。単なる物理的な構造物ではなく、人々の間に優しさを生み出す場でありたい。疑念や絶望、憎悪ではなく、今、世界に必要なのは信頼と安らぎ、そして優しさ」と強調する。

市民と共に育む「シビック・オーナーシップ」

 その言葉通り、新建築デザイン博物館の設計案「Kumma」は、港湾の歴史的な景観と調和しながらも、市民が日常的に集い、憩う「大きなリビングルーム」として構想。「Kumma」はフィンランド語で「風変わりで好奇心をそそる」という意味を持つ。北欧の厳しい冬でも自然光を取り入れる設計を施したほか、外観には温かみのあるリサイクルレンガを採用し、海と都市を滑らかにつなぐ開放的なテラスを備えるなど、持続可能性と市民へのアクセシビリティーを追求。ただ権威的な存在としての美術館ではなく、人々の対話や共感の土壌となる空間設計こそが、ヘルシンキの未来を形づくるためだ。

JKMMアーキテクツが手がけたダンス・ハウス・ヘルシンキ © Hannu Rytky

 ヘルシンキ市は「建築は人間・市民・社会に奉仕するものであり、計画の初期段階から個人の声を傾聴し中心に据えることで受容性が高まる」と考えている。都市開発や新ミュージアムの計画においても、建築コンペの段階から案を一般公開し、「どのようなカフェやプログラムがあったらうれしいか」といった市民の声を収集して反映。実際に、市民から1件の異議申し立てが提出されたことで、計画の承認手続きが1年間延期された例もある。

 しかし同市は、それを無駄なコストとは捉えず、丁寧な話し合いを通じて納得を得るプロセスこそが、「自分たちの街」という愛着(シビック・オーナーシップ)を育み、何十年、何百年と長く愛される都市の資産をつくる一番の近道だと考えている。

 ミエッティネンさんは「学生時代から日本の建築に強い憧れを抱いてきた」と述べ、「日本とフィンランドには、自然に対する向き合い方に多くの共通点がある。その感性を現代の建築に生かすことで、都市の再生と心地良い居場所づくりを実現していきたい」と語り、両国の美意識のつながりを建築デザインの根底に据えていることを明かした。

音楽と文化で結ぶ日フィンの絆 レセプションやヘルシンキ・フィル特別公演も

 プレスカンファレンスの終了後には、ヘルシンキ市と両国の関係者が集うレセプションを開催。「シベリウスの真のサウンド」を体現するヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーが特別パフォーマンスを披露。ユッカ・リンコラのブラス・クインテット第1楽章「ラスト・タイム - ラグタイム」から、レービ・マデトヤの「バルカローラ」、そして青春の愛と情熱を表現したカイ・ヒュデニウスの「Nuoruustango(青春のタンゴ)」まで、フィンランド国民に長年愛され続ける名曲の数々を演奏した。

 創設約140年の歴史を誇る同管弦楽団は北欧最古のオーケストラで、フィンランドを代表する作曲家ジャン・シベリウスの交響曲第1番〜6番の初演を担うなど、その精神を現代へ継承する存在として知られている。

サントリーホールを魅了した、ヘルシンキ・フィルと角野隼斗との初共演コンサート

 その後、会場に隣接するサントリーホールで、巨匠ユッカ=ペッカ・サラステさんの指揮の下、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団と日本人ピアニストの角野隼斗さんによる初共演コンサートが開催された。

 満員の観客で埋め尽くされた会場では、シベリウスの組曲「ペレアスとメリザンド」や、角野さんをソリストに迎えたプロコフィエフの「ピアノ協奏曲第3番」、シベリウスの「交響曲第2番」を披露。アンコールでは、角野さんによるJ.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集 第2巻」第1番 前奏曲に加え、オーケストラがシベリウスの「夜想曲」や、「第2の国歌」とも称される名曲「フィンランディア」を奏でた。

 魂を揺さぶる圧巻の演奏に、涙を拭うフィンランド人関係者の姿も。曲が終わると割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こり、スタンディングオベーションで会場全体が感動に包まれた。

 サゾノフ市長やミエッティネンさんらが語った「デザインや建築、そして文化を通じて人々の暮らしを豊かにつなぐ」というヘルシンキの都市思想は、言葉だけにとどまらない。シベリウスの音色と人々の歓声が言葉を超えて日本とフィンランドの絆を深め、まさに「人間中心の都市文化」そのものを物語る一夜となった。